倶楽部の再生

歴史をふりかえる
源義経の武勲で有名な神戸市鵯越に眠っている、新しもの好きで酔狂で飲んべえな英国人、戒名「英智院具理夢居士」アーサー・ヘスケス・グルーム氏が1901年(明治34年)神戸・六甲山の頂きに日本で初めてゴルフコースを造られて100年が過ぎました。およそ700年前に英国或いは蘭国で生まれ、米国に渡りおよそ100年前に日本・神戸ではじまったゴルフ、ようやく100周年を過ぎ新しい世紀がはじまりました。

バブル経済の崩壊とその当然のつけが今まだまわっています。今世紀、9兆円とも10兆円ともいわれる預託金の償還が続きます。豆腐ならまだしもお金です。思いもかけない金融機関や大企業でさえ生き残りをかけての合併、再編・再構築(リストラ)の嵐のなか。

今世紀、9兆円とも10兆円ともいわれる預託金の償還が続きます。豆腐ならまだしもお金です。思いもかけない金融機関や大企業でさえ生き残りをかけての合併、再編・再構築(リストラ)の嵐のなか。ゴルフ場も民事再生法、会社更生法、買収が続いています。愛すべきゴルフコースも公的資金の導入をしていちど「ごわさんでねがいましては…」が本音です。しかしながら、プレー権主体の会員権は財産権を認めるというノーベル賞なみの大発明が、善かれ悪しかれ日本のゴルフ場を世界に類を見ない速さと特殊な形で発展させたのも事実です。土地の買収・行政のあしかせ等様々な困難の中で莫大な建設費を抱えながらやっとの開場にたどり着く18ホールのコースの利益が1億円未満、10年後の償還とか土台無理な話しでした。所詮“ありません”と言うしかありません。プレーする権利だけは残っていると言われてもそれも無責任な話しです。会員権の分割、償還期間の延長どれをとっても結末の無い解決です。本来プレーをするための会員権です。

英国の文節によると「ゴルフは勇者の如くプレーし紳士の如く行動するゲームである」とし、ゴルフほど正々堂々の振る舞い(フェアプレー)とスポーツマン精神(スポーツマンシップ)を必要とするゲームはないとしています。ゴルフはスポーツそしてゲームです。スポーツは健全な肉体と健全な精神です。英国或いは蘭国で生まれ、米国で盛んになり、日本で崩れたとよく耳に致します。会員権という独自の制度を導入して隆盛した日本のゴルフ。法人接待のゴルフコースをとなればそればかり。支払いも法人、接待される側も法人、ゴルフの歴史と伝統を無視して平等の精神の抹殺が平然と行われた。自分で料金を払ってこそ平等と言えるのにスタート前から異常なハンディが存在しました。クラブハウスを新築したと聞くと「うちもやるが」、入場者確保のための短絡的な価格競争、電磁誘導式乗用カートの導入、セルフ化への移行、従業員そして時間のリストラ、真冬の時代、試行錯誤の時代が終わり、歴史と伝統を振り返りスポーツとしてのゴルフ感覚にもどりながら様々な選択肢がでてきました。いま我々はゴルフの神様にシッペ返しをされています。時代は輪廻、隆盛・停滞・衰退の繰り返し、原点にもどります。ゴルフの神様が見放す前に「あたりまえのもの」が必要です。

お客様第一主義
多くの企業が経営理念としてお客様第一を金言として掲げますが、現実には売上第一主義です。まずお客様の満足そして働く人の満足です。物事が混迷を極めたときは、いつも「原点」に立ち返ってみることが必要です。存続されるためにはお客様に支持され続けることが出来るかどうか、この一点に掛かっています。それはお客様や市場に対して「価値」を生み出すことです。そしてその価値を提供することが存在する意義です。価値とは相手にとっての「満足」です。その満足の中に安い、近い、品揃えが豊富などがありその極めが「ひと」です。「ハコ」は真似られても「ひと」を真似るのは困難です。

ゴルフ場産業は特殊な産業ではありません。普通の企業です。スポーツ産業でありサービス業です。そのことを自覚し運営体制を「待ち」から「売上を創造し続ける」体制に変えなければなりません。会員制倶楽部は会員の会員による会員の為の倶楽部である為にどうしたらいいのかを真摯に考えればいいわけです。